売上の拡大は「善」か。投下資本利益率(ROIC)が暴く「稼げない事業」の正体と、経営資源の再配分戦略
「売上は増えているのに、銀行残高が思うように増えない」「多角化した事業のどれが本当に会社を支えているのか、実態が掴めない」――。多くの中小企業経営者が抱くこの違和感の正体は、損益計算書(P/L)上の『利益額』のみを追い、その利益を得るためにどれだけの『資本(お金)』を投じたかという視点が欠落していることにあります。金利のある世界が到来した今、中小企業にも求められるのは「効率の悪い事業」を見極め、限られたリソースを最適化する財務的規律です。本記事では、公的データを交え、ROIC指標を用いた事業ポートフォリオの「磨き上げ」手法を解説します。
目次
ROIC経営の本質:P/L(利益)とB/S(投資)を連結させる財務思考
ROIC(Return on Invested Capital)は、計算式にすれば「税引後営業利益 ÷ 投下資本(有利子負債 + 純資産)」となります。これは、株主や銀行から調達した資金を用いて、どれだけ効率的に利益を生み出したかを示す指標です。多くの中小企業は「営業利益率」を重視しますが、例え利益率が高くとも、そのために膨大な在庫(棚卸資産)や高額な設備、長い回収期間(売上債権)を必要とする事業は、ROICの観点では「効率の悪い事業」と判定されます。経営者が真に向き合うべきは、利益の絶対額ではなく、投じた1円が何円の利益に化けて戻ってくるかという『資本の回転』です。
データで見る、日本の中小企業における資本効率と借入金利負担率の推移
日本の中小企業がいかに「資本効率」の課題を抱えているか、公的統計から現状を分析します。
(出典:中小企業庁『2025年版 中小企業白書』、財務省『法人企業統計』)
最新の統計データによると、日本の中小企業(全産業)の総資本利益率(ROA)は平均3%台前半で推移しており、欧米諸国の企業と比較して低い水準にあります。特に懸念されるのは、直近の金利上昇に伴い、有利子負債の利払い負担率が上昇傾向にある点です。データによれば、営業利益率が5%を超えていても、過剰な在庫や未回収債権によってB/Sが肥大化している企業は、実質的なROICが借入金利を下回る「逆ザヤ」状態に陥るリスクが高まっています。資本効率を意識しない拡大路線は、金利負担が増大する局面において、企業の純資産を急速に毀損させる要因となります。
撤退基準の定量的策定:資本コストを下回る事業が「会社を蝕む」メカニズム
不採算事業を「情」で続けてしまうことは、会社全体の体力を奪う行為です。明確な数値基準が必要です。
公認会計士・税理士からの視点
倒産寸前の企業において、利益を出しているA事業のキャッシュが、B/Sを肥大化させるだけのB事業に吸い取られている現場を幾度も見てきました。中小企業経営における撤退基準は、「営業キャッシュフローが3期連続マイナス」かつ「ROICが有利子負債金利を下回っている」など、客観的な数値で設定すべきです。この規律が、経営者の「捨てる勇気」を支えます。
棚卸資産と売上債権の圧縮:B/Sのスリム化がROICを劇的に改善する
ROICを向上させる方法は「利益を増やす」だけではありません。「分母(投下資本)」を減らすアプローチが中小企業には特に有効です。
「滞留」は資本に対する税金である
倉庫に眠るデッドストックや、回収の遅れている売掛金は、ROIC計算上の分母を肥大化させ、数値を悪化させます。クラウド会計等のITツールを駆使し、在庫の回転期間や債権のエージング(年齢調べ)をリアルタイムで可視化してください。不必要な在庫を処分し、回収条件を適正化することで、B/Sから「死んだ資本」を追い出し、現金を回収する。分母をスリムにすることで、同じ利益額であってもROICは劇的に跳ね上がります。これは借入金を減らす(デレバレッジ)原資となり、金利上昇への最強の防御策となります。
まとめ:経営資源の「選択と集中」が、次世代への強固な財務基盤を創る
中小企業の経営リソース(ヒト・モノ・カネ)は有限です。すべての事業で満点を狙うのではなく、資本効率の高い領域に経営資源を集中投下すること。そして、資本を蝕むだけの不採算領域からは、痛みを伴っても撤退する規律を持つこと。この「ROIC」の視点を持った経営判断こそが、上場企業並みの強靭な財務体質を中小企業にもたらします。会計を単なる集計で終わらせず、事業の「質」を測るための計器として活用してください。まずは、自社の事業部門ごとに投下されている資産を整理し、簡易的なROICを算出することから始めてください。数字は、あなたがどこに注力すべきかを雄弁に語ってくれるはずです。
北島 征爾(きたじま せいや)
公認会計士(第32953号)・税理士(第147219号)
住友電気工業株式会社、有限責任監査法人トーマツを経て、2021年にモノリス会計事務所を開業。日本公認会計士協会 兵庫会・近畿税理士会所属。