役員借入金という「見えないリスク」。事業承継を阻む財務的課題とその解消手法

「会社が苦しい時に自分が貸したお金だから、返さなくても問題ない」――。経営者の方々と対話する中で、貸借対照表(B/S)の負債の部に計上された多額の『役員借入金』を、このように捉えているケースが非常に多く見受けられます。しかし、この役員借入金は、金融機関からの格付けを低下させるだけでなく、相続・事業承継においては経営者個人の「資産」として課税対象となり、次世代に重い負担を強いることになります。本記事では、役員借入金の正体と、それを戦略的に解消するための実務について解説します。

目次

  1. 役員借入金の発生原因:なぜ「消えない負債」となるのか
  2. データで見る、中小企業の自己資本比率と役員借入金の実態
  3. 相続における罠:返済能力のない借入金が招く「納税資金不足」
  4. 解消スキーム:DES(債務の資本換え)と債務免除のメリット・デメリット
  5. まとめ:B/Sを綺麗にすることは、承継のハードルを下げること

役員借入金の発生原因:なぜ「消えない負債」となるのか

中小企業における役員借入金は、創業時の資金不足、赤字補填、あるいは役員報酬の未払いといった経緯で発生します。多くの場合、利息を設定せずに据え置かれるため、経営者は「身内の貸し借り」程度に考えがちです。しかし、一度B/Sに計上された借入金は、会社がキャッシュを稼ぎ出して返済するか、何らかの法的・会計的手続きを踏まない限り、永遠に残り続けます。これが、将来的に「実質的な自己資本」とみなされることもあれば、承継を阻む「足かせ」となることもある諸刃の剣なのです。

データで見る、中小企業の自己資本比率と役員借入金の実態

日本の中小企業の財務健全性は、この役員借入金の存在によって、表面上の数字と実態が大きく乖離していることが少なくありません。

(出典:中小企業庁『中小企業実態基本調査』、日本政策金融公庫『中小企業の財務状況に関する調査』)
調査によると、自己資本比率が20%を下回る中小企業の約4割において、役員借入金が負債総額の相当部分を占めています。金融機関の審査実務では、返済予定のない役員借入金は「自己資本」に準ずるものとして加点評価されるケースもありますが(資本性借入金としての評価)、一方で、純粋な第三者承継やM&Aを検討する際には、この負債の存在が買収価格の減額や、承継手続きの複雑化を招く要因として懸念されています。

相続における罠:返済能力のない借入金が招く「納税資金不足」

最も深刻なのは、経営者に相続が発生した際の問題です。役員借入金は、会社にとっては「負債」ですが、経営者個人にとっては「貸付金」という「資産」になります。例え会社に返済能力がなく、額面通りの価値がなくても、相続税評価額は原則として「額面通り」で評価されます。

公認会計士・税理士からの視点

同族企業の相続対策を多数見てきました。例えば、会社に1億円を貸し付けたまま経営者が亡くなった場合、相続人は「換金できない1億円の資産」を相続したとみなされ、それに対して多額の相続税が課されます。会社に現金がなければ返済を受けられず、相続人は自らの預貯金から税金を払わなければなりません。この「資産のミスマッチ」を解消しておくことが、事業承継対策の第一歩です。

解消スキーム:DES(債務の資本換え)と債務免除のメリット・デメリット

役員借入金を解消するには、主に以下の3つの手法がありますが、いずれも税務上の検討が不可欠です。

1. DES(デット・エクイティ・スワップ:債務の資本換え)

借入金を「出資金(資本金)」に振り替える手法です。B/Sが劇的に改善し、金融機関からの評価も高まります。ただし、発行済株式数が増えるため、株価評価や支配権への影響を考慮する必要があります。

2. 債務免除

経営者が会社に対して「返さなくて良い」と意思表示することです。最も簡便ですが、会社側に「債務免除益」という利益が発生し、繰越欠損金がない場合は法人税が課されます。また、他の株主の株価が上昇する場合、贈与税の問題(みなし贈与)が発生するリスクがあります。

3. 役員退職金との相殺

引退時に役員退職金を支給し、その支払いと借入金の返済を相殺する手法です。キャッシュを動かさずに負債を整理でき、退職金の税務メリットも享受できるため、出口戦略としては非常に合理的です。

まとめ:B/Sを綺麗にすることは、承継のハードルを下げること

役員借入金は、平時には無害に見えますが、相続や売却といった「出口」において牙を剥くリスクを孕んでいます。B/Sを整理し、実態に即した財務体質を構築しておくことは、経営者としての最後の責任です。どの手法が最適かは、会社の繰越欠損金の状況、株価、そして将来の承継プランによって異なります。数字を整理し、リスクを可視化すること。それが、次世代に「重荷」ではなく「富」を繋ぐための唯一の道です。

北島 征爾(きたじま せいや)

公認会計士(第32953号)・税理士(第147219号)
住友電気工業株式会社、有限責任監査法人トーマツを経て、2021年にモノリス会計事務所を開業。日本公認会計士協会 兵庫会・近畿税理士会所属。

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